祈りの水奏 -inorinosuisou-


inorinoは学生時代の課題で作ったブランド名です。祈の”言葉”とか祈の”気持ち”の「祈の」 名詞として何か言葉を作ろうとした時に、意味も響きも美しくて、カタカナ、ローマ字の字面も美しいところからこの言葉ができました。私は祈るという動詞が好きでした。その言葉の存在そのものが。祈りというのはいわゆるお祈りだけではなく他者へのポジティブな集中力ではないかと思います。だからいろんな形の祈りがある。水槽は好きなはずと言われてずっとピンとこなかったもの。しかしいわゆる四角いそれでは無く、アンティークの大きな丸いガラスの水槽を見た時に、たしかに私はこれが好きだと思いました。知らないからこその誤解、気づいたら心底惹かれてしまう程の魅力。マクロビオティックや真理に触れるものたちはそういうものという気がします。いつか自分のプロジェクトの名前にしたいと思っていたinorinoと私にとってのパラダイムシフトの象徴の水槽、奏でるという字をあてて。

タグ:野菜

野菜と穀物の味が好きだから。

それが一番、叩かれない理由なんだろうと思っていた。

好き嫌いというエゴは、隠さないことで好ましく思われることがある。健康のためだの、環境のためだのいうことは間接的に別のエゴを感じさせて不快にさせてしまうことがある。それはダブルスタンダードでありながら気づいていないことを見ぬかれている場合故がほとんどだ。



好きだからはイコールで美味しいからに繋がるのだと思っていた。

しかし私は今日おいしいと思わないのに好ましいと思うパン屋さんに出会う。

そのパン屋さんの店主の言葉
「イーストは主に、ドライイーストとインスタントドライイーストを使い、小麦粉は一般的に流通してるものに国産の小麦とかをブレンドし、パンの特徴を出しています。こだわる部分としては、イーストの量を減らし、低温で長時間の発酵を行い、生地の香りやうまみを引き出すこと。ふつうの材料を使いながら、大量生産では出せないパンの美味しさを追求しています」

この感性を好ましいと思う。

だからこそ、私は近所の直売所で野菜を買うという選択をしていたのだろう。近くで作られた野菜を作った人から買うシンプルさが好ましいと思ったから。

しかし結局、気軽な気持で応募した宅配野菜のモニターをすることでおいしい野菜に心がすっかりと動いてしまう。

これはダブルスタンダードな人と同じことをしているのかな。

いや。結局は全て、全て、結果ではなく心のなかで起きているプロセスがどんなものだったかが大切なんだ。

手に入りやすいものの中でベストを尽くすことで美味しさを目指すこと。

美味しさと安全さのために、材料にこだわること。

どちらにも良い悪いはない。

自分が大事にしたいと思っている物を本当に大事にできているかどうかだけだ。そこに、つまり心のプロセスにダブルスタンダードがないかだけ。


 
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友人にお弁当を作り始めました。最初の目標は週3回、同じ時間に完成させること。

ずっと、お弁当で何かを始めるときは名前をつけようと思っていて、◯◯屋にしようとぼんやり思っていました。プロジェクト名は水奏屋。主人へのお弁当作りがfacebookへの写真投稿で続けることが出来たように、モチベーションのためと、そして記録のためにブログも開設しました。

身内以外の人にお弁当を作ろうと思った理由は大きく2つあります。

一つは、お金をもらって何かを提供することで生まれる”責任”を負うことでしか得られない経験値が今の私にはすごく必要なことだから。(といっても、とりあえず最初の目標を達成するまではお金は頂かないつもりです)どうしても、主人に作るお弁当だと、集中力を欠いてしまうことがありました。どこかで気が抜けていて、焦がしてしまったり茹で過ぎたりっていうのが起こりやすい。身内以外だと集中しているからそういうことはまず起こらない。点火しているコンロ2つ同時にちゃんと意識を向けられるし、遅れたら届ければいいという安易な方に流れにくいので段取りもしっかりしようとする。

それに主人は(非常にありがたいのですが)基本的になんでも食べるし、残さないし、文句も言わないからだんだん味への追求心が薄れていってしまったりもしたのです。でも友人だとちゃんと美味しいものを作ろうという気持ちで集中して作れます。集中し、工夫もする。その中で発見したことの積み重ねは、今までとは全然違うと思うのです。もちろん今まで主人に作ってきたお弁当もたくさん勉強になったけれど、これからは責任をもって作る形での勉強をしていきたい。

もう一つは、地域のつながりを強くしていくため。これは先日「種市前夜祭トーク」で書いたことに繋がっています。

仲間や友人に美味しいごはんを食べてもらって、もっと元気になってほしい。同じものを食べることでの繋がりって絶対あるからそこも深められたらいいなとも思う。やっぱり美味しいものはみんな好きだし、きれいになれれば嬉しいし、仕事が出来るようになったら嬉しいと思う。だから料理スキルが上がれば上がるほど、マクロビオティックの臨床での知識が増えれば増えるほど、地域の人と仲良くなれるチャンスがあった時にそれが深まりやすいと思うのです。

私の住む街には、月に一回集まった人たちで朝食を作って一緒に食べる会があります。そこに参加していくことが、まずは直接的な地域の人との繋がりの第一歩。だからやっぱり料理スキルと知識は絶対あった方がいい。コミュニケーション力が全然違ってくると思う。野菜も近くの農家さんから直接買うことができるので、その時に直接色んなお話をして、地元の農家さんともつながっていきたいと思っています。

友人が世界平和のためにやっているプロジェクトがあります。それは一日一人10分間マッサージをすること。そしてそういうプロジェクトをやっていることを伝えて、マッサージをする人を増やしていくこと。世界中の人が一日10分でも相手の為を思いマッサージをする世界。それはとても平和な世界だと思います。

私にとってはそれがお弁当です。お弁当もマッサージも相手へのプラスの思いの集中力です。そういう”集中力”増やしていきたい。広げていきたい。
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